ウィンカー消し忘れのトラックと衝突事故

今から十四年前の小学六年生の八月二十一日。夏休みも残り三日となった日の昼過ぎでした。

山形県の実家に住んでいた時の事故で、私は運転席側の後部席に座り、母が運転。助手席には当時5才の弟が乗っていました。

当時は今と違ってチャイルドシートの義務化はされていなかったので、幼稚園児の弟は普通に大人と同じようにシートに座っていました。

事故は祖父の家からの帰りに起きました。片側二車線の国道の大きな十字路で、信号は青でこちらは右折しようとしていました。

対面から来る10トントラックも右折しようとウインカーを出していたので、母は右折しました。

その間、私は近くにあるファストフード店の看板を見て、新商品を見ていたのですが、突然目の前にトラックが現れました。

次の瞬間には、めちゃめちゃに破損した車内で、弟が頭から血を流してこちらを心配そうに見て声を掛けていました。母も無傷ではありましたが、運転席のシートの下に足が嵌ってしまって動けない私に懸命に声を掛けていました。

そのまま気を失って、次に気付いた時には病院で左足を吊った状態でした。大腿骨の骨折で全治三か月の入院と診断されましたが、治りが遅かったので実際には五か月の入院となりました。

その数日後に、トラックの運転手と警察がやって来て、概要を話してくれたのですが、小学六年生の自分には詳しい事は話されなかっただけかもしれませんが、この運転手さんを許すかどうかだけ警官に聞かれました。

変に頭が回るというか、テレビの見過ぎなのか、ここで許さないとでも言ったら報復に来るような気がして、とりあえず許すと言いました。

トラック運転手の言い分としては、国道でスピードを出していたので、エンジン音と路面の音でウインカーが点きっぱなしになっている事に気付かなかった。直進する気だったので、スピードも十分に出ていて減速が間に合わずに事故が起きたとのことでした。

それでも過失割合は8対2で向こうが悪いという事になっていましたが、その2は一体なんだったのかわかりません。

うちの軽自動車(たしかスバルのヴィヴィオ)は廃車になりましたが、保険の詳細はわかりません。

今自分が運転するようになって、同じようにウインカーを出している車が対面から来る際は相手が曲がったのを確認してから自分も曲がるようにしています。特に気を付けているわけではないのですが、なんとなくそうなってしまいます。

完全に相手が悪いと思う事故だったのですが、8対2と自分にも思わぬ非が認められるのであれば、廃車になった時の為にも、保険料をもっと掛けておくべきだと思ったし、もっと色々と知識を付けておくべきだなと、この記事を書くにあたり、当時の事を振り返った今は思います。どうしても、事故に遭わなければ保険料は意味が無いと考えがちになってしまい、安く安くと設定してしまうので、保険というものは万が一の時の為の物と、考えを改めようと思います。

これが、私の人生で唯一の交通事故の経験と教訓です。